花組は観劇しているのですが、どうにもパレルモの感想って書き辛いのです。
未だかつてここまで主人公の言動に共感できない作品は初めてです。

いや、共感できないギスターブ君やらペスカトーレさんやらアディナンさんやら…
探せばたくさんあるのですが、それとはまた次元が違うというか。


そこの場所でそういう状況で、どうしてこの人は「何もしない」んだろうと。
そんな場面が多すぎるんですよね。
渦中にいるはずなのに彼のいる場所だけ別次元。


ペッペ達が危険に晒されている時、彼はどうしていましたか。
どうすれば良かったですか?


ニコラ達の前にルチアが人質として差し出された時、彼はどうしましたか?
どういう行動をしてほしいでしょうか。


ニコラの屍を抱いたルチアに首飾りを差し出すマチルダを見て、彼は何を感じたのでしょうか。


…何もしない、何も出来ない、何も描かれていない。
情熱的に描かれているはずのヴィットリオ、でも描かれていないその瞬間だけ空白になる。


余白ではなく空白。虫食いのようにそこだけ切り取られているように
ヴィットリオはそこにいるのに存在しない。



私はこれらの場面だけはヴィットリオの気持ちを推し量りきれないのです。
(ほかは案外単純明快なイタリア人なのに)


東京に来て、ワルツを踊るヴィットリオの表情が厳しくなりました。
ニコラ達の死を母親の死を背負い、貴族社会の垣根と取り払う為に未来を見据えたその眼差しに
彼の人生が見えた気がしました。
そこまで全く見えなかった彼の思いをそこで私はようやく読み取ることが出来るのです。


あのワルツを踊る場面の表情に春野ヴィットリオ像が凝縮されているように思います。
そこでアンリエッタにも同じ方向を一緒に見据えて欲しいのですが、
それを感じとってくれと求めるのは酷な事でしょうか。



明日はVISA貸切。