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春野寿美礼と木村信二について再び。
不滅の棘の時から感じていた、演者と作家としての相性の良さ。
だからぁ〜私はキムシンの作品が殆ど嫌いなんですってば…!
音楽、それもアレンジやリピートの仕方なんかは素晴らしいし、舞台機構を使った演出、場面転換は斬新(あの車も斬新…)でいいと思うんですけどね。
が。
脚本が…語彙の貧弱さといつも同じ思想の繰り返しが嫌なのーーー!!!!(叫)
日本語ってもっと柔和で美しいものだと思うんですよ。
難しいと思いますよ。私自身使い切れていませんし幅も狭いですが、でも脚本家じゃないですか!一般人よりも日本語扱ってる人じゃないですか!
オギーの歌詞を読んでみて〜柴田先生の脚本読んでみて〜
キムシンの日本語はリズム感もテンポ感もあるんですよ。
これって重要です。
でもね、もっと的確な日本語があるはずなの!!!!!
しかしその歯がゆさも、舞台における粗も矛盾も
圧倒的な力で捻じ伏せてしまうんだなぁ、春野寿美礼が。
言葉の足りなさも、思想の違いも。
「戦争なんかなかったらよかったのに。」
その言葉に込められたと思われる反戦的思想は今回の舞台から殆ど感じ取らずに済む。
春野明智から感じるのは「人は人なしでは生きていけない」こと。
「社会を捨ててもいい程に人を愛する」こと。
人の心の尊さ。愛の重さ。愛があるから。
自由なのだと思う。
この人の魂が心が自由だから、感じるものは一つではなく、答えも一つではなくて、例え本人の意思と違う方向に解釈されてもそれはそれでアリなのだと思う。
受け取る人の心のままに変容することのできる、舞台。
春野寿美礼を解き放つことが出来る、稀有な作家。
脚本の粗を捻じ伏せつつも無限大に広げることができる、演者。
不思議な2人だと思います…。
というわけで、オギーなんですけど…(俯)
今更気付いたんです。(恥)
ナイトジャズのセリ上がりポーズとフィナーレの紫の衣裳の板付きポーズが
全く同じ
だということに!!!!!!(白目)(遅すぎる)
自然すぎてわからなかった…
怖い…オギーが怖い………!!!!!!!!
あの人は一体何を考えてるんだろう…
そして春野さんは全てをわかった上で、今回のショーで悩んでたのでしょうね。
うーん。春野×荻田…こちらも奥が深すぎる…。