自分がスタンに励まされていたように、誰かの力になりたかった。
だからウルフはホテルの皆と関わりあっていたかった。




ホテルの女主人シモーヌ
戦死した恋人を思い続けて待ち続けている。


「ショコラータつくってよ」
「はいはい」 


少年のように屈託なく笑って甘えるウルフ。
それに応えるシモーヌの表情はどこか懐かしくて温かい。
お母さんのような、包みこむような懐の深い微笑を浮かべて。


「あんた、薬飲んだのかい?」
なんの薬かは知らない、でも病気なのは知っている。
だから心配する。
ウルフの求めているものだから。
でも深く立ち入らない。
それはウルフが求めていないものだから。



シモーヌの人との絶妙な距離感は年の功かな。
たくさんの時間をたくさんの人と過ごしてきたからわかるであろう感覚。


とても温かい。
さりげなくても思いのある言葉はとても温かくて痛みをじんわりと癒してくれる。



アンナ。
意地っ張りで肩肘張ってるけど、本当は誰よりも寂しがり屋。
自分で自分が寂しがりなのもちゃんとわかってる上で、強がっている。


ウルフの事はきっと最初に出会った時から惹かれていた。
でもこの人に惹かれてはいけないと、直感的に気付いていた。
だってこの人はいなくなってしまう。
猫みたいに擦り寄ってきて、追い払っても追い払っても、それでも擦り寄ってくるくせに
きっとほんの少し首を撫でてあげれば
とても幸せそうに目を細めて気持ちよさそうな顔をして満足げに離れていってしまうに違いないと。


だから絶対にウルフは危険だと。
好きになってしまったら、きっと、きっと後で自分が傷付くと。
わかっていた筈なのに



何もかもを失って寂しかったはずの自分が求めたのは
自分と同じ寂しさを抱えていたウルフだった。


運河を見つめながら、ふぅっと煙を吐いたウルフの背中。
自分よりもっと寂しそうだった、背中。


それなのに自分を見つけた途端、いつも通りに饒舌に軽口を叩く。


「星が綺麗だ」


「随分ロマンチックなこと言うのね」


「オレ、ロマンチストだから」



寂しかったあの背中はもう見えなくなって
アンナの気持ちを晴らすように、励ますように、淡々と言葉を紡ぎ出す。
淡々としているのに、1つ1つの言葉はやけにしんみりと温かく胸に沁みる。
思いのある言葉は不思議だ。


「今も君は輝いている」


「口が上手いのね」


「オレ、詐欺師だから」


「『殺し屋』でしょう?」


「ただの気まぐれさ」


気まぐれ同士、寄り添ったのは温もりが必要だったから。
お互いがお互いの寂しさを必要としてしまったから。
そしてお互いがお互いの寂しさを見てしまったから。
最初から惹かれていたのだもの、いいじゃないか。
刹那的だろうと、この人を守りたい、愛したいと思ってしまったのだから
期限が決まっていようと、ただこの一瞬に温もりを分かち合える2人が愛しあっていいじゃないか。
こんなに幸せそうに、楽しそうに笑って…




「すごいじゃない!だって命があるのよ?」


サラはウルフが死んだ父親と同じ病気だと感付いてしまったから
だから誰よりも喜んだのだと思う。
アンナのお腹にウルフの子供がいるということを。


だからきっと最初に相談したのはそのことを知っているレオナード。
その頃には終止符を打たれていたであろう「映画みたいな恋」の相手。
彼はその喜びを分かち合えるただ一人の人だったから。


すっかり吹っ切れたのは、ウルフとアンナの結婚式があってからかな。
映画みたいな恋の相手は、同じ気持ちを分かち合えた同士。それは大切な友達。



結婚式でシモーヌが「こんなに楽しいのは随分久しぶりだわ」と唄う。
大好きな人達が幸せで、そしてそれを皆で共有する喜び。
皆の幸せが集まって大きく大きく膨らんでいく幸せ。


楽しい時間が永遠に続けばいいと思うけれど、それは絶対にありえないから
この一瞬を忘れない。
大切に、大切に、それは忘れられない記憶。
新しい道に1歩踏みこむために必要な記憶。