ムーランルージュの花形。
驕慢で美しい大女優イヴェットが歌う。


  貧しい故郷は捨てた
  惨めな自分を捨ててきた
  野良犬のように
  パリの片隅に 落ちている幸せを探す

  恋しい故郷を追われ
  惨めに逃げだし 命乞い
  野良犬のように
  パリの片隅に 落ちている幸せを探す



私は最初、この「野良犬」ってずっとリュドヴィークだと思っていました。
だって、見た目からして貧しそうだし。
雨に濡れた捨て犬のようにいじらしい眼差しで螺旋階段に座り込んでるし。


でも、ある日はた、と気付いたのです。
ああ、この歌はイヴェット自身の歌だったのだ、と。




  まるで 夢 幻
  君はパリの夜にはばたく白鳥
  生まれて初めて知った 届かぬ思いが
  胸を焦がす


 

リュドヴィークが一目見て惹かれ憧れたイヴェット。

そしてイヴェットもリュドヴィークを最初から熱く潤んだ眼差しで見詰めている。
なぜ?お金もなくみすぼらしいリュドヴィークに?


故郷を捨て、温もりを捨てて。
パリのムーランルージュで女優になった彼女。
のぼりつめてのぼりつめ続けて、彼女は何を得たのか?

地位・名声・そして富。
驕慢に振る舞い、パトロンからちやほやされる自分。
何不自由なく暮らし、贅沢な貴金属やドレスに包まれる毎日。

そして枯渇。
どうしようもなく心が渇き、飢えているのに
実際何が必要なのか、何に乾いているのかがわからないまま
目的を見失ったまま。


飢えた野良犬が探していたもの、求めていたもの。


それはリュドヴィークの愛。

本当の自分を見つめる眼差し。
すべてを受け容れる愛。

分かち合える過去を持つ人。



いや、本当は恋に落ちるために理由なんかないのかもしれない。

魂が欲している。それだけ。
惹かれ合い求め合っていた魂。



「大人の恋物語」なんて言われて紹介されるけど

恋愛については、リュドヴィークもイヴェットも幼い恋だと私は感じています。


幼いまま、パリで止まってしまった2人だけの時間。


螺旋階段の途中で立ちすくみ


誰かとすれ違うのを待っている。



待っている人はただ一人だけなのに、
お互いがお互いを待っている。



そして。
リュドヴィークは螺旋階段に絡まりあったまま。
イヴェットが螺旋から逃がしてやるのである。


蛇は。
死の象徴だと思っていたけれど。
もしかしたら、螺旋を意味しているのかもしれない。

絡みついて離れない、捕われた過去。